2024年10月の百合文芸ふり返り

 捨てられエルフさんは世界で一番強くて可愛い! (2)』(月夜涙/スニーカー文庫)百合度☆☆/深度☆☆は、世界を救えば願いを叶えるという女神の条件を飲み、声優業界を干されてしまったアヤノが返り咲きを願って、プレイしていたゲームそっくりの異世界で戦うシリーズの第二巻。今回は次に待ち受ける高難度クエストに必要な人数を確保する必要が発生し、過酷な戦いを強いられる異世界から脱落し、現実世界に帰ろうとするプレーヤーたちを引き留めるため、アヤノはトップVtuberの猫川ごろろと協力してライブを開いたり、異世界に娯楽や希望をもたらそうと奮闘します。アヤノの異世界攻略のパートナーであり、彼女を心から慕ってくれる狐獣人の少女・ホムラとの仲睦まじい様子も描かれますが、生き馬の目を抜く声優業界を生き残るために、利用価値だけで他人を測ってきたアヤノにとって、純粋な好意を向けてくるホムラは、はじめて損得勘定なしに心から愛せる存在であり、そんな彼女と異世界でずっと一緒にいたいと思う感情と、現実世界に戻って声優として返り咲きたい自身の願いとの葛藤がビターな味わいを加えています。
 週に一度クラスメイトを買う話 (5) ~ふたりの秘密は一つ屋根の下~』(羽田宇佐/電撃文庫)百合度☆☆☆/深度☆☆☆は、宮城と仙台が大学に進学し、ルームシェアを始める大学生編が開始。5千円で仙台の時間を買うという言い訳がなくなった宮城は素っ気なく、自室に閉じこもりがち。ルームシェアすることには成功したものの、今度はルームメイトという建前に縛られ、宮城に踏み込めない仙台。物理的な距離はぐんと縮まったのに、なかなか縮まらないふたりの距離にやきもきさせられますが、このもどかしさが癖になる中毒性の高いシリーズです。この巻の最後では、決定的な場面を迎えますが、この先どうなるのか予断を許さない状況に、はやくも次巻が待ち遠しい気持ちにさせられます。
 世界のはじまる音がした』(菊川あすか/スターツ出版文庫)百合度☆☆/深度☆☆は、歌が得意な高校生・美羽と、クラスメイトのイラストが得意な楓が、動画の投稿を通じて友情を深めていくストーリー。周囲と合わせることができず、自分に自信のない美羽とって、ひとりのときに大好きな曲を口ずさむ間だけが心安らげる時間でした。一方、彼女の同級生の楓は、髪色が特徴的な気ままにふるまう一匹狼的な存在。ずっと接点のなかったふたりですが、偶然、美羽の歌声を耳にした楓から、自身の描いたイラストとあわせて動画投稿をしたいと声をかけられます。それまで近寄りがたく感じていた楓の申し出に最初はおそるおそる乗ることにした美羽ですが、楓と好きな音楽やアニメについて話すうちに意気投合し、しだいに楓と会うことが楽しみになっていきます。
 自分の気持ちをハッキリと口に出す楓に勇気づけられて、少しづつ変わっていく美羽が、やがて、事情を抱えていた楓の背中を押すことになり、互いに支え合って紆余曲折を乗り越えていく姿が印象的な作品です。
 

 『白紙を歩く』(鯨井あめ/幻冬舎)百合度☆/深度☆は、陸上部の長距離のエース・定本風香と小説家志望の明戸類、ふたりの高校生の友情にまつわるお話です。定本は怪我で休部中、ふと自分が走る意味について考え、苦手な読書にヒントを求めます。それを聞いて、明戸は定本をモデルにして小説を書くことを思いつきます。いままで周りにいないタイプだった定本をモデルにすれば、バッドエンドしか書けない自分の作風を一新でき、かつ、定本が走ることの意味を見出せるような作品になれば、定本のためにもなるのはもちろん、自分の「小説は人を救う」という持論を証明できる。かくして、そんな明戸の目論見から、ふたりは小説が完成するまでの期間限定の友達となったのでした。
 しかし、定本は読書の楽しさをさっぱり理解できなくて、当然、小説の持つ力を疑わない明戸の主張も実感することができず、根っからのインドア派である明戸の方も、わざわざ走るなんて理解不能な苦行でしかないまま。そんなどこまでも平行線を辿るふたりの距離感が面白かったです。気が合わなくても、お互いを高め合うような意義もなく、いつか忘れてしまうような一時の関係でも、そんなふたりだからこその友情の在り方が印象的です。

 シドニーの虹に誘われて』(李琴峰/集英社)は、シドニーで行われるLGBTQ+のための祭典、マルディ・グラを訪れた著者の紀行エッセイ。都市が一丸となってセクシャル・マイノリティを応援するマルティ・グラの空間。その成り立ちやセクシャル・マイノリティに対する迫害の歴史、いまもある差別、牛歩の歩みをみせる日本での差別に対する法整備の進捗に触れつつ、祭典の様子が書かれています。前世紀までマイノリティを標的とした犯罪が多発していた地で、またたく間にこうした大々的な祭典が開かれるようになったこと、日本のみならず世界的にもLGBTQ+に逆風が吹く最中にも、こうした連帯を示す場所が存在していることに希望を感じました。

 1話10分 秘密文庫』(社団法人 日本児童文芸家協会編/新星出版社)は、秘密をテーマにしたアンソロジー。トリを飾る、にかいどう青「人魚姫はうたえない」は、夜の学校で制服のままプールに浮かぶ同級生に遭遇するという出だしからして申し分ない、青春のはかなさときらめきがギュッと詰まったような魅力あふれるガールズラブ作品でした。

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