序文
短編百合小説を紹介するコラムです。よくアンソロジー各篇の扉に著者や作品の紹介文が置かれていますが、それを読むのもアンソロジーの楽しみのひとつということで、実際にアンソロジーを編むとしたらという体で書いてみたものです。今回のテーマはミステリです。
『方子と末起』小栗虫太郎
初出は1938年、「週刊朝日読物号」に掲載された。愛する少女にふりかかる悪辣な犯罪計画を、安楽椅子ならぬ療養所の寝台のうえで看破する。小品ながらトリックは虫太郎らしく、 快刀乱麻を断つ推理の力と、少女同士の恋を高らかに謳いあげた胸のすく一篇。『不思議の国のアリス ミステリー館』など各種アンソロジーに採用されているほか、青空文庫でも公開中。
『その花瓶にご注意を』青崎有吾
【所収】『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』(東京創元社・創元推理文庫)
『体育館の殺人』からはじまる高校生探偵・裏染天馬シリーズ。本編は天馬の妹・鏡華が兄譲りの推理力を発揮するスピンオフ。女の子を愛する奔放な少女と真面目な優等生タイプの少女の組合せもツボをおさえているが、一見、相性が悪そうなふたりが意外なコンビネーションを発揮し、推理の力で相手の窮地を救う展開は、百合と本格推理を愛する者にとって格好の御馳走といえよう。
『天使たちの残暑見舞い』青崎有吾
『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』からもう一篇。教室で抱き合っていた少女たちが、ほかに出口のない教室から忽然と消えた謎を解く。検証のために抱き合うように天馬に指示されたシリーズのヒロイン柚乃と、その親友の早苗とのやりとりがおかしいが、さすが、アニメオタクを探偵役に据えるだけあってか、《平成のエラリー・クイーン》として名高いミステリ作家は、今日的な百合のセンスにも恵まれているようだ。アニメ化もされた名高い伝承の怪物たちが跋扈するミステリシリーズ『アンデッドガール・マーダーファルス』は、類のない名探偵・輪堂鴉夜とメイドの静句との主従関係や、2巻以降のカーミラと静句の殺伐百合、3巻における巨大不名感情など見どころが多い。近年では、百合アンソロジーに参加しているほか、ミステリ関連のランキングを席巻した『地雷グリコ』のバックグラウンドにも少女たちの切実な想いを見て取れる。
『玉野五十鈴の誉れ』米澤穂信
【所収】 『儚い羊たちの祝宴』(新潮社・新潮文庫)
家の跡継ぎとして、厳格な祖母からの重圧にさらされてきた純香を支えてくれた女中の五十鈴。ある事件を機に、突然、主従が投げ込まれた過酷な運命を描く。ブラックなラスト一行はまことに衝撃的。
『北緯六十度の恋』近藤史恵
【所収】『ダークルーム』(角川文庫)
出会ってから三年、年上の恋人・園子といっしょに暮らす多佳子。ふたりは欧州を列車で回る旅に出た。だが、多佳子は、旅行中ある思惑を抱いていた。愛憎のせめぎあう心理を描き、意外な展開を見せるサスペンス。著者には、想いを寄せていた先輩の死の謎に迫り、痛切な読後感を残す『あなたに贈るX』、レズビアンの作家を主人公に、ルッキズムの問題が関係に影を落とす『夜の向こうの蛹たち』といった長編百合ミステリもある。
『チョコレートに、躍る指』相沢沙呼
【所収】 『卯月の雪のレターレター』(東京創元社・創元推理文庫)
入院中の少女を見舞う同級生の少女。ふたりの間には何が起きたのか。少女たちの濃密で複雑な感情がスリリングに描かれた一篇。本編を収録した短編集『卯月の雪のレター・レター』のほかにも、『ココロ・ファインダ』など、思春期の少女たちの心情を繊細に描き出す作品集が数多く出版されており、長編『スキュラ&カリュブディス』 には人外百合要素もある。
『微笑の対価』相沢沙呼
【所収】 『彼女。』(実業之日本社/実業之日本社文庫)
相沢沙呼の作品からもう一編。百合界隈ではすっかりなじみのあるシチュエーション「死体を埋める百合」。一途に思うがゆえに犯した罪。ふたりを強固に結び付けた罪が、一方でふたりの関係に暗い影を落とす。苦くせつない、最後の最後まで着地点が見えない緊迫したサスペンスの佳品。
『相思相愛のこわしかた』森田季節
【所収】 『ノートより安い恋』(一迅社)
きまぐれな女神の妻となった少女は、愛の証を求める。意外な展開から、キャラクタの別の面が浮かび上がってくる構図が秀逸。本編が収録された短編集『ノートより安い恋』と長編『ウタカイ』は百合漫画専門誌『コミック百合姫』に連載されたもので、「Yuri-Hime Novel」の一冊として単行本化されている(『ウタカイ』はのちにハヤカワ文庫JAより『ウタカイ 異能短歌遊戯』として再刊された)。いまのように百合ラノベが豊富ではなかった2010年代前半の空白を埋める重要作家のひとりである。
『悪の華』藤堂志津子
【所収】『かそけき音の』(集英社・集英社文庫/文春文庫)
男性との関係が長続きせず、夜の店を転々とする悦子にとって、短大時代からの唯一の親友・緋沙子はよき相談相手であり心の支えとなっていた。しかし、悦子が自身の心理の内奥に近づき、緋沙子の真意を知るとき、ねじれた愛は暴走していく。読み進むにつれ登場人物のある企みには気づくだろうが、この結末までは読めないだろう。意想外な結末へと至る心理描写が秀逸。
『戻り橋心中』浅木原忍
【初出】個人同人誌 (現在、Bookwalkerにて購入可能)
愛し合っていたはずのふたりはなぜ心中を選んだのか――。日本ミステリ史上最高の作家のひとりといっても過言ではない連城三紀彦。その連城の研究書で本格ミステリ大賞を受賞した作者による同題同人誌からの一編。同誌は「東方シリーズ」のキャラクターと連城ミステリの作風を掛け合わせた作品集で、連城一流のレトリックを完コピといってよいほどの精度で再現、東方キャラクターの特性も活かし、 見事な本歌取りを成し遂げている。
『桃園のいばら姫』野村美月
【所収】『7days wonder 紅桃寮の七日間』(ポプラ社)『寮の七日間』(ポプラ文庫ピュアフル)
女子校の寮に入寮した雨音は、学園のアイドルであるノエルの美貌に目を奪われる。遠巻きにされ、常に一人たたずむノエルに、雨音は本人の拒絶も周囲のやっかみもよそに近づいていく。代表作「文学少女シリーズ」(こちらは百合作品ではないが)でも、思春期の少年少女のひりつくような巨大感情を描いていた著者ならではの百合作品である。
近年、著者はコバルト文庫で香山暁子名義で執筆していたことを明かし、香山名義の作品を美月文庫としてkindleで再発行しているが、そのうちの一冊『リンゴ畑の樹の下で』の表題作は戦前を舞台にした百合作品。
『薄墨桜』青谷真未
魔女がいると噂される女子校を舞台にしたオムニバス百合小説集『鹿乃江さんの左手』 から最終話を収めた。書道部のエースである少女から告白された養護教諭。教師×生徒百合の王道を行く展開ながら、書をモチーフに用いたところが心憎い演出になっている。さらに、このうえない不可能状況を、合理的にひっくりかえす力技のミステリに仕上がっている。それでいて幻想的な余剰が残るところが絶品である。紙幅の都合により、最終話のみを取り上げたが、この作品の魅力を存分に味わうためにも、ぜひ作品集を通読されることをおすすめしたい。
『糸の森の姫君』北山猛邦
【初出】『ファウスト』6号 SIDE-B(講談社)
生徒として各地の学校を渡り歩きながら事件を解決していく探偵・渡里外シリーズの一編。過去を捨て誰とも深く交わらずさすらってきた渡里が、ただひとり気にかけてきた少女との再会が描かれる。大じかけで大胆なトリックを創出し「物理の北山」とも称された著者。本作では古風ともいえるトリックをベースに過剰な装飾が施されているのが著者らしいが、それが少女たちの切実な心情を映し出す鏡として機能している点が秀逸である。
『同好のSHE』荒木あかね
【所収】『本格王2023』(講談社文庫)
ある決意をもってバスに乗り込んだ女性が、隣席の女性に凶器を所持していることを見破られてしまうが……という発端から二転三転する構成に読みごたえがあるが、本編に付された著者の言葉「シスターフッドと本格ミステリ、双方の輝きを損なわぬよう掛け合わせたエンタテイメント作品を作り続けていく」という力強い宣言を体現する一編となっている。上記の宣言からは、今後、目を離せない作家となる予感を感じさせる。
『Stay sweet,sweet home』斜線堂有紀
【所収】『ステイホームの密室殺人』(星海社FICTIONS)
ステイホームの最中でもロリータ服を身にまとう來山はぐみが、最近、口説き落とそうとしている木村林檎とリモートで会話している最中、林檎の父親が死亡しているのが発見された。一見すると事故のように思えたが………。コロナ禍をテーマにしたミステリ・アンソロジーに書き下ろされた一編。しっかりテーマに沿ったトリック、事件の真相をロジカルに詰めていく手つきは小気味よく、ミステリとしても抜かりはないが、はぐみと林檎の関係をめぐる顛末がちょっぴり苦い余韻を残す百合作品。
ミステリ、ホラー、SF、恋愛小説などの幅広い分野で縦横無尽の活躍を見せる著者は、百合小説の書き手でもある。長編ではドラマ化もされた『コールミー・バイ・ノーネーム』があるが、おもに短編で旺盛な執筆意欲を見せている。アンソロジーや短編集に収められた作品のほか、自身のnoteでも数作発表している。いま最も百合小説作品集の刊行が待たれる作家のひとりだ。