6月の百合文芸ふり返り

 ふたりの声優、夕暮夕陽ゆうぐれゆうひ歌種うたたねやすみの通っている高校が同じだったことから始まった、熱血声優ライバル百合シリーズ最新刊『声優ラジオのウラオモテ #11 夕陽とやすみは一緒にいられない?』(二月公/電撃文庫)百合度☆☆/深度☆☆は、とうとう夕陽とやすみが高校を卒業する場面を迎えました。クラスメイトというつながりがなくなり、進学したら疎遠になってしまうのではないかと心配するやすみは、変わった様子を見せない夕陽にヤキモキしていますが、今回のお話の主軸となるのは、夕陽と後輩の天才声優・高橋結衣と夕陽の直接対決。以前はやすみとふたりががりで、やっとの思いで太刀打ちできた相手に、ひとりで高橋結衣の演技を上回り先輩の意地を見せられるのかが読みどころになっています。それでも、突然、先輩×後輩の戦いに一瞬、巻き込まれたやすみが訳も分からぬまま絶妙なアシストを決めるシーンがあったりして、先輩×後輩の構図から夕陽とやすみの絆が浮かび上がってくる構成が秀逸です。
 『小説 夜のクラゲは泳げない (2)』(屋久ユウキ/ガガガ文庫)百合度☆☆/深度☆☆は、6月まで放映されていたTVアニメのノベライズ第2弾。キスシーンが話題になった回の話も収録されていますが、その意味については深掘りされることはないです。登場人物のひとり竜ヶ崎ノクスの性自認の揺らぎを匂わせる記述は、画一的なジェンダー観を脱しようとしているという意味では興味深いですが、あくまで匂わせ程度に留まっている点にはモヤモヤします。
 『乙女ゲームのヒロインで最強サバイバルⅧ』(ひたきゆう/TOブックス)百合度☆/深度☆☆は、クライマックスが近づくシリーズ、最終章の前半部分を収録した巻。偽ヒロインが暗躍に焦点が当たり、この巻での主人公アリアと周囲の女性とのやりとりはやや少なめ。
 『聖女先生の魔法は進んでる! (2)竜姫の秘めしもの』(鴉ぴえろ/富士見ファンタジア文庫)百合度☆☆/深度☆☆☆は、型破りな聖女ティアと、その3人の教え子の絆を描いたファンタシー第2弾。今回は、ティアと周囲の人々の運命を変えた4年前の悲劇の黒幕がふたたびティアたちに牙を剥きます。ティアの昔の仲間たちも顔を出し、新たな関係性も描きつつ、教え子たちの成長がティアを支え、さらに師弟の信頼関係が深まっていく熱い展開をみせてくれます。
 『スタァ・ミライプロジェクト 歌姫編』(綾里けいし)百合度☆/深度☆☆は、人気絶頂の最中、突然、死去した歌姫の座を巡って、次代の候補者たちがオーディションという名のデスゲームに放り込まれるお話。高校生の永久乃とわの七音ななねは、推しの歌い手・神薙かんなぎが不審なオーディションに挑もうとしているのを知り、彼女を身を案じ、自らVR空間で行われるオーディションに志願しますが、その実態は脱落者が現実の世界でも死を迎える過酷なデスゲームでした。候補者たちに課されるミッションを通じて、次第に七音に信頼を寄せていく神薙、このふたり以外にも、犬猿の仲のVtuber同士の関係など、百合的にも読みどころが多い作品でした。古典的手法を逆手に取ったミステリとしても興味深いです。
 『経学少女伝 試験地獄の男装令嬢』(小林湖底/GA文庫)百合度☆/深度☆☆は、かつての中国の科挙を思わせる女人禁制の試験に挑むふたりの少女を描いた中華風時代小説。男装して試験に臨む雷雪蓮らいせつれんは、試験会場でまるで隠す気のない少女姿の耿梨玉こうりぎょくに出くわします。梨玉に懐かれてしまった雪蓮は、ともに協力して試験に臨んでいきます。目的のために手段を選ばない非情さをもつ雪蓮のキャラクターがカッコイイです。壮絶な過去を持ち、闇を抱える雪蓮と、底抜けの善人である梨玉。雪蓮が、このまま梨玉に感化されて憎しみをやわらげていくのか、それともいつかは水と油のふたりには破局が訪れるのか、いずれにせよ光と闇のコンビがどのような過程を辿っていくのか、今後が楽しみなシリーズです。
 『かつての暗殺者は来世で違う生き方をする (1)』(丘野優/KADOKAWA)百合度☆/深度☆は、転生した暗殺者の人生やり直しファンタシー。暗殺者のミラは、ライバルの女性騎士・アリシアに討ち取られ、数年後、地方の貴族の娘として生を受けます。人々を守る兵士の立場に興味を持ったミラは、兵学校の入学試験を受けますが、そこで、アリシアと再会します。1巻の時点ではあまりふたりの絡みはありませんが、今後、元暗殺者と、その生涯に終止符を打った騎士のコンビの活躍を期待して、取り上げています。
 『幼馴染は、にゃあと鳴いてスカートのなか』(半田畔/スニーカー文庫)百合度☆☆☆/深度☆☆☆は、絶縁していた幼馴染が猫に取りつかれてしまったことから始まる騒動を描いたラブコメ。気の置けない幼馴染ならではのやりとりが楽しく、前代未聞のアクション・シーンもあったり、猫だけに着地も完璧な一作。たくさん笑ってちょっぴり泣けるガールズラブでした。お話としてはきれいにまとまっているのですが、もう少し主人公ふたりの仲が深まっていく様も読んでみたいので、ぜひシリーズ化して欲しい作品です。
 『日陰魔女は気づかない (2) ~魔法学園に入学した天才妹が、姉はもっとすごいと言いふらしていたなんて~』(相野仁/スニーカー文庫)百合度☆☆/深度☆は、本人も気づいていない特別な能力を持つ魔女アイリを主人公にしたシリーズの2巻。1巻でアイリと仲の良かった妖精・エインセルは今回出てきませんが、そのかわりアイリの妹・リエルの出番が多くなっています。天才肌の魔女で通っている王都の学園でも一目置かれているリエルですが、基本的に姉の言うことしか聞かない奔放な性格。姉を溺愛し、わがままを言いつつも、姉の負担になるようなことはしないリエルと、ふだんは気弱だけど、妹の性情を知り尽くし、しっかり手綱を握ってお姉ちゃんをしているアイリのやりとりが微笑ましい巻でした。

 『魂婚心中』(芦沢央/早川書房)は、これまで主にミステリを主戦場としてきた著者のSFとミステリを横断する作品を集めた短編集。著者の以前の短編集と違い、掲載誌もバラバラで統一コンセプトのもとに書かれた作品集ではないものの、“どの物語も登場人物の「関係性」を主軸に置き、心中するような感情の強さを書いたもの”となっており、3編で女性同士の関係性が描かれています。死後の結婚が流行する世界を背景に、推しに対するファンの複雑な感情を描いた「魂婚心中」、先輩と後輩の辛すぎるハッピーエンド「二十五万分の一」も相当なインパクトを残しますが、ある事件を機に関係が歪んでしまった主従を描く「九月某日の誓い」は、二転三転する展開に息を呑む珠玉の主従百合作品です。
 『死ねばいい! 呪った女と暮らします』(保坂祐希/中央公論新社)百合度☆/百合度☆☆は、高齢者のシスターフッドを描いた作品。夫と離婚してから30年、ずっと一人暮らしの佐伯真理子は、長年勤めた職場も定年を迎えて久しく、付き合いのある人間といえば反りの合わない兄しかいない孤独な日々に不安を覚えていましたが、台風の夜、なぜか庭で倒れていた女性・加代を助けます。堅実に生きてきた真理子は、享楽的で少しばかり金遣いの荒い加代に眉をひそめながらも、明るい加代の陽気さで、ひとり暮らしの侘しさから救われ、次第に余生を一緒に過ごしたいと思うようになっていきますが……実は加代は真理子と因縁浅からぬ仲だったとタイトル回収されるのは、ずいぶん話が進んでから。その後の加代への愛憎をこじらせた真理子の起こすすったもんだも面白いのですが、最後に示される真理子の決意が痛快です。
 『彼女。』に続く百合小説アンソロジー『貴女。 百合小説アンソロジー』(実業之日本社)が、2年ぶりのお目見えとなりました。とびきり甘い織守きょうやの「いいよ。」を除けば、いずれも仄暗い緊張感に満ちた尖った作品が集まっていて、高密度で満足度の高い百合アンソロジーでした。
 また6月に文庫化された作品には、『眠れる美女』(秋吉理香子/小学館文庫)百合度☆/百合度☆☆、『みんな蛍を殺したかった』(木爾チレン/二見文庫)百合度☆☆/深度☆☆☆、『致死量の友だち』(田辺青蛙/二見文庫)百合度☆☆/深度☆☆があります。

 『かなたのif』(村上雅郁/フレーベル館)百合度☆☆/深度☆☆☆は、孤独な少女たちが出会うひと夏のガールミーツガール。予備知識なしで読んだ方が楽しい作品だからというのもあるのですが、本当に言葉にならないくらい素敵なお話でした。作中、夫を亡くした妻が娘に語った言葉に“かなしいのは、いっしょにいられたことが幸せだったからなんだって。(中略)そのかなしいのは、パパが最後にくれたプレゼントなの。”とありますが、ふたりの少女が互いに受け取ったよろこびとかなしみが照らしだすその先を多くの方に見届けていただきたい作品です。
 『きのうの君と未来の君へ』(天川栄人/集英社みらい文庫)LGBTQ+当事者の体験談を基に小説化したノンフィクション。全6編収録されているうち第1話「同性の先生を好きになったミカ」では、レズビアンの女性が思春期に受けた差別、相談できる相手もなくひとり煩悶する日々を送るうちに、自分以外の当事者との出会いによって孤独から救われた経験を描いています。当事者の子どもたちにも届いてほしいのはもちろん、非当事者としても、周囲の無理解がいかに当事者を追い詰めてしまうのかを知ることは、決して無益ではないと思いますので、広く読まれることを願っています。
 『わたしは食べるのが下手』(天川栄人/小峰書店)百合度☆☆/深度☆☆は、人前で食べることが難しい会食恐怖症の葵と、過食嘔吐を繰り返す咲子。引っ込み思案の葵と、気の強い一匹狼タイプの咲子、まったく違うタイプのふたりが給食改革に挑む話。最初は言いたいことは口に出す咲子に憧れ、背中を押してもらっていた葵が、すこしづつ自分の意見を言えるようになっていき、やがて自身の抱える問題から目をそらしていた咲子を引っ張っていくようなかたちになり、ときにはギクシャクしながらも友情を深めていく様が印象的です。
 『girls』(濱野京子/くもん出版)百合度☆/深度☆は、母子家庭で育つ3人の中学生を描く作品。最初はなんとなく一緒にいるだけだった3人が、日常に潜む世間の女性に対する偏見や差別を目の当たりにしていくうちに結びつきを強め、かけがえのない親友になっていくのを描いています。
 『光の粒が舞いあがる』(蒼沼洋人/PHP研究所)百合度☆☆/深度☆☆は、ボクシングを通じて育まれていく少女たちの絆を描いた作品。自慢の母に彼氏ができ、学校では心を開ける友達もなく、疎外感を味わっている中学生の心愛ここあ。心愛は、買い物帰りに前を通るボクシングジムで、サンドバックを叩く一人の少女の姿をみるのを密かに楽しみにしていましたが、ある時、当の少女・こはくに声をかけられ、彼女にボクシングを教わるようになります。通う意味を見つけられないまま学校に通う心愛は、学校には行っていないけれど、将来を見越して様々な挑戦をしながら、ボクシングに打ち込むこはくの物怖じしない姿に勇気づけられ、自分の悩みや迷いに立ち向かっていきます。
 『12音のブックトーク』(こまつあやこ/あかね書房)百合度☆/深度☆☆は、学校の朝の読書時間に入れ替わるようになってしまった中学生の女の子たちが、その謎を追う話。小学生の時に、仲間外れにされて以来、猫をかぶっていた初奈が、入れ替わったことが縁で友人と出会い、本を紹介するブックトークを知ったことをきっかけに成長していく様が描かれます。初奈が入れ替わった柚奈と友情を深めていくのも読みどころのひとつですが、百合好きに注目してほしいのは、入れ替わりの謎の背後にあった物語だったりします。

発売日タイトル/作者出版社/レーベル
6/6
眠れる美女
秋吉理香子 文庫化
小学館
小学館文庫
6/10
声優ラジオのウラオモテ #11 夕陽とやすみは一緒にいられない?
二月公
KADOKAWA
電撃文庫
6/14
かなたのif
村上雅郁
フレーベル館
文学の森
6/17
小説 夜のクラゲは泳げない (2)
尾久ユウキ
小学館
ガガガ文庫
6/19
魂婚心中
芦沢央 非百合作品を含む短編集
早川書房
乙女ゲームのヒロインで最強サバイバルⅧ
春の日びより
TOブックス
死ねばいい! 呪った女と暮らします
保坂祐希
中央公論新社
精霊を統べる者
P・ジェリ・クラーク
東京創元社
創元海外SF叢書
6/20
聖女先生の魔法は進んでる! (2 )竜姫の秘めしもの
鴉ぴえろ
KADOKAWA
富士見ファンタジア文庫
きのうの君と未来の君へ
天川栄人
集英社
みらい文庫
七月の波をつかまえて
ポール・モーシャー
岩波書店
STAMP BOOKS
6/21
みんな蛍を殺したかった
木爾チレン 文庫化
二見書房
二見文庫
致死量の友だち
田辺青蛙 文庫化
二見書房
二見文庫
6/25
スタァ・ミライプロジェクト 歌姫編
綾里けいし
KADOKAWA
MF文庫J
経学少女伝 試験地獄の男装令嬢
小林湖底
KADOKAWA
MF文庫J
わたしは食べるのが下手
天川栄人
小峰書店
Sunnyside Books
girls
濱野京子
くもん出版
6/26
光の粒が舞いあがる
蒼沼洋人
PHP研究所
カラフルノベル
12音のブックトーク
こまつあやこ
あかね書房
6/27
貴女。 百合小説アンソロジー実業之日本社
かつての暗殺者は来世で違う生き方をする (1)
丘野優
KADOKAWA
言霊の幸う国で
李琴峰
筑摩書房
6/28
幼馴染は、にゃあと鳴いてスカートのなか
半田畔
KADOKAWA
スニーカー文庫
日陰魔女は気づかない (2) ~魔法学園に入学した天才妹が、姉はもっとすごいと言いふらしていたなんて~
相野仁
KADOKAWA
スニーカー文庫

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